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ドームアトリエ 平和の礎に
ヒロシマの詩・米で受賞のみやちさん 瀬戸田で自力建設中

 

 

 2年前、瀬戸田町に移り住んだ版画家・詩人、みやち治美さんが、アトリエ兼住居「ドームハウス」の建設を進めている。被爆二世で、ヒロシマをテーマにした詩が米国のコンテストで特別賞を受賞したこともあるみやちさん。原爆、平和を連想させる「ドーム」に寄せる思いをてこに、設計、基礎工事、組み立てまで独力で取り組む。
 

 ドームは米国直送の建築材を使い、約180平方メートル、頂部の高さは9メートルになる。昨年夏に設計と整地を始め、1月末から基礎工事に取りかかった。5月の連休明けには棟上げ、6月末までに完成させる計画。
 

 みやちさんは戦後間もなく、兵庫県宝塚市に生まれた。スペインで油絵を学び、帰国後はデザイン会社を設立。一方で詩や絵画、版画制作にも情熱を傾け、1991年に米国に移住した。版画では紫外線を使ったエッチングの技法を習得。2000年に「光線量の豊富な瀬戸内海で創作を」と瀬戸田町に移ってきた。
 

 移住の際に「自らの力で生活を創造していく」と決めた。宝塚市の旧居を売却する時も、資格を取り家屋を解体した。大型特殊免許も取った。ドームも「セルフビルド」にこだわる。野菜やかんきつも作り、完成後は雨水や生活排水も活用。自然の恵みを生かした循環型の生活を実践する心づもりだ。
 

 もう一つの思いは「平和」である。暁部隊に属していた父は、広島市で入市被爆。被爆2世のみやちさんは、被爆直後の広島市で人力で水を供給し続けた水道マンの活動ぶりを詠んだ「WATER SUPPLY(水道)」という詩を創作し96年、米国国立図書館のコンテストで特別賞を受けた。米スミソニアン航空宇宙博物館の原爆展が圧力を受けて中止になった直後。応募の動機は怒りだった。
 

 「平和を求めるシュプレヒコールを、ここから世界に送りたい」とみやちさん。共鳴した町民や因島市民から協力の申し出も寄せられている。

 


 

 基礎工事を終えた現場で「ドーム」に寄せる思いを語るみやちさん

 

 

2002.04.24 中国朝刊 尾 三